2013年10月11日金曜日

「女犯坊」 ふくしま政美 著 復刻版は太田出版 1997~1998年

 「女犯坊」について語る、評する、コメントするという時に、一番目につく、というか鼻につく語り口とは何でしょうか? それは、遠巻きに見守る態度・腫物扱い、というスタンスだと考えます。言い方を変えれば、この書物で扱われている問題を他人事扱いして、自分の身の上に引き移しては考えない、という読書態度です。なぜそんなよそよそしい態度でこの書物に接しなくてはならないのか? それは、狂っていると思われたくないからでしょう。確かに、このマンガはある種の狂気を孕んでいることは間違いなく、その空気に即自的に共感的な読後感想を表明すれば、その読者自身に狂人のレッテルが貼られかねない危険な書物であることは間違いありません。

 私が女犯坊を初めて知った理由は、コミケで「少年チンプ」というサークルがネタとして取り上げていたからでした。その当時刊行された分厚い復刻版には、巻末解説にこのサークルのメンバーのコメントも収録されており、あの時期(ちょうど前世紀末の頃です)、このマンガに注目していたのが一部のサイコ好きのプロの論者だけではない事を今に伝える貴重なコメントです。
 とはいえ、彼らの女犯坊に対するスタンスも、基本的にはトンデモ漫画という扱いの域を出るものではなく、ある意味では世の一般のこのマンガに対しての扱いの例外とは言えません。

 なぜ、そういう遠隔腫物扱いのようなスタンスを超えて本書の思想的な内実に踏み込むコメントが乏しいのかという理由は、すでに述べたとおり、狂気の同類扱いされたくないからでしょう。しかし、狂気というのも、実は普遍的なものです。人は誰も狂気を内に持っているもの。というより、思想とは即自的に本来一種の狂気であるよりほかないのではないでしょうか。
 それをあたかも狂気でないかのように体裁よく見せるものが技術です。十分なウェルメイドな技術水準は、狂気に分節化された構造を与え、誰にも親しみやすい、読むに堪える書物に変えます。女犯坊の、(自称)常識人から腫物扱いを呼んでしまうという大きな欠点は、この、技術水準が余りにも不十分なのに、あまりにも大きく熱い思想を語っている点にあるといえるでしょう。

 そこで、ここでは、この欠点に敢えて目を瞑り、女犯坊の思想的内実を検討してみましょう。と言っても、実は、思想の熱量は大きいものの、語られている構造は単純です。すなわち、この世を無間地獄と見做すというのが一点、そこに、ある種の暴力的な世直しの可能性を見るというのがもう一点。

 このレベルに踏み込んで見た時に見えてくることが、この著者ふくしま政美は、「終わりのない日常」を終わりのないものとして生きることに耐えられないタイプの人物だろう、という事です。これを、私は「過ぎ去る者」と仮にここでは呼んでみますが、要は、歴史に、救済とか、あるいは最低限、進歩の可能性を読み込んでいるからこそ、世直しとか、悪といった諸概念をあまりに稚拙なその描画で描いてしまうのでしょう。

 私自身は、この作品の内実のレベルに踏み込んで、女犯坊の思想的側面にコミットすることは厭いませんが、それに共感するかというと、答えはノーです。なぜなら、私は、「終わりのない日常」を終わらないものとして定常的動的平衡とみなして生きることに賛意を示す者だからです。つまり、原理的な意味での「世直し」という物を信じていないし、この世が無間地獄に限りなく近いとは思うものの、それそのものだとも思っていません。つまり、「ここは天国ではない、かといって地獄でもない」。要するに、私は、世界に「棲み付く者」だという、そういう事です。

 ただし、女犯坊的な、救済志向の考え方が出てきてしまう思想的背景についてはよく理解できます。すなわち、最上層における権力の固定した世界では、最下層もまた固定され、虐げられた者は同一人物が永久に虐げられっぱなし、という構造を強要されます。そういう理不尽に対する怒り・異議申し立てとして、「地獄を世直しする」というような考え方が生じてしまう。
 しかし、これは、人の世が原理的に無間地獄だという誤解に立脚した思想でしょう。人の世が、その最下層で固定した地獄になってしまうのは、最上層における権力が定常的に更新されずに固着してしまった場合だけです。実は、戦後の日本は、学園紛争が敗北してからというもの(あるいはその紛争の最中からすでに)、永くこの権力の固着状態にあったために、こうした「この世は虐げられた者にとっては無間地獄」というありがちな誤解を、生得的な感覚としてこの著者は自分に刷り込んでしまったのではないか。
 実際には、最下層の賤民の役回りは、多かれ少なかれ回り持ちで、完全に固定したものではありません。私もまた、そういう認識のもとで、上昇志向を持って生きる下層賤民の一人なのです。

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